マイ・ビューティフル・プレイス

 なぜか今週はやたらと初代マクロスばかり観たくなる気分が続いていて、ちょっと油断すると頭の中でもミンメイソングがぐるぐる回っている有様。これが文化の力か……!(違)
 そんなこんなで、ここのところ初代『超時空要塞マクロス』をちょくちょく観返していた。
 御覧になった方ならご存知の通り、この作品では主要登場人物の一人としてリン・ミンメイというアイドル歌手が登場し、彼女の歌が平和な文化を象徴するモチーフとして、作品の世界観の大黒柱を形作っていた。しかもミンメイの歌はおざなりに作られ歌われた(作中で「人気のある曲」と設定され演出されているだけの)歌ではなく、ショートバージョンこそ多いもののきちんとポップソングとして一般にも通用する曲に仕上げられている。まあ今聴くとどうしても古臭いという印象は拭えないものの、それは当時現実のヒットしていたほぼ全てのヒットソングについても言えることだろう。ミンメイ役を演じていた飯島真理さんは当時現役の音大生であり、その後も声優ではなく歌手・シンガーソングライターを本職として活動している。そういう意味では、当時においても限りなく本職に近い人がミンメイ役を演じていたわけで、作中でのミンメイ人気の説得力もここから生まれていると言えるだろう。
 名実ともに本作のヒロインといっていい存在なのだが(ちなみにストーリー上・設定上のメインヒロインはあくまでも早瀬未沙のほうなのだそうだ)、当初彼女のキャラクターはレギュラーとはいえあまり目立たない端役程度のものとして構想されていたのだそうで、今から思えば信じられない話ではある。ともあれ、アイドル歌手(少なくとも「歌」)のモチーフを物語の中核に据えるというコンセプトは、その後のマクロスシリーズ作品でも一貫して維持されているようだ。

 ところで、作中ではミンメイの持ち歌としていくつもの歌が登場する。そのうちの一つに「マイ・ビューティフル・プレイス」という歌があるのだが、この歌は他のミンメイの歌とは一風異なり、歌詞の内容と『マクロス』の物語展開とがかなり密接にリンクするような形で用いられていた。

星の砂の満ちる海 あたたかい陽を照り返す
小さなオアシス わが故郷 緑の地球よ
いつかきっと 帰るだろう だからそれまで姿を変えずに
ビューティフル・プレイス イン・マイ・ハート

 この歌が初登場したのは第20話「パラダイス・ロスト」の回だった。ゼントラーディ軍の攻撃を逃れるために急遽敢行したフォールド航法のトラブルによって冥王星に飛ばされてしまったマクロスが、多数の民間人を艦内に抱えたまま長い苦難の道のりを経てようやく故郷の地球に帰ってきたはいいものの、肝心の地球統合軍はゼントラーディとの衝突のきっかけを作ってしまったマクロスを厄介者扱いしていた。異星巨人族の存在が地球の一般市民に知られないよう、マクロス艦内の民間人が地球に上陸することも禁じられ、遂には(例外的にミンメイが一時帰郷してはいるものの)誰一人地球に降りることも許されぬままに、マクロスは民間人を抱えたまま宇宙への再出撃を命じられた。
 故郷・地球に見捨てられた人々 ── 艦内の民間人に対し、グローバル艦長は艦内放送経由で、苦渋の表情でマクロスの地球外再出撃を伝え、再び地球に戻れる日まで共に力を合わせ生き抜いていこうと呼びかけた。そこにミンメイが助け船を出し、マクロス艦内の人々がこれまでの長い航海の中で築いてきた絆を、そして「家族」や「故郷」としてのマクロスの存在を思い起こさせる。
 こうして地球を離れていくマクロスの中で、マクロス社会随一の人気アイドルたるミンメイが歌うのが、この「マイ・ビューティフル・プレイス」なのだ。この時までのミンメイは、人気者とはいえ基本的に単なるアイドルとして歌ったり映画に出たりしていた。だが艦内と地球の両方に向けて発信されている放送の中で、ミンメイは初めてマクロス艦内の人々全員の故郷への思いを背負う象徴的な代弁者として、また人々に力を与える存在たることをはっきり自覚した(と思われる)心持ちで、自らの歌を歌ったのだと言えるのではないだろうか。
 この後も最終回に至るまでいろいろ波乱含みで物語が進行するとは言え、この時が恐らくミンメイにとって、自分の歌を“社会的に何らかの意義を背負うもの”として捉えるようになった最初の一歩だったのではないかと思う。せっかく帰ってきた故郷からまた追われてしまうという、悲しい局面での一歩ではあったが。

 この歌が次に登場するのは、事実上の最終回などとも言われることもある第27話「愛は流れる」のエピソードだ。実際、この回はもともと最終回として製作されたエピソードだったのだが、急遽放送が延長されたことによって話はその後も続いた。ただし人によっては28話以後の展開をあまり認めたがらない向きもある。
 それはともかく、ゼントラーディ軍・ボドルザー基幹艦隊470万隻の総攻撃によって地球上の人類はほぼ全滅し、軌道上のマクロス艦内からその光景を見せつけられたミンメイは、力無い声でつぶやくように歌う。

星の砂の満ちる海 あたたかい陽を照り返す
小さなオアシス わが故郷 緑の地球よ
いつかきっと……

 やがて、ミンメイの歌=文化の力を切り札にして、マクロス(およびマクロス側に寝返ったブリタイ・アドクラス艦隊始め一部のゼントラーディ部隊)がボドルザー艦隊中核部への特攻を敢行した。アイドルソングをBGMにして宇宙戦争が繰り広げられるというこの一連のシーンによって、『マクロス』は後世に残るエポックメイキングな作品としての地位を確立することになる。「小白竜」のイントロからAパートに入る瞬間に、輝の「アターック!」という声とVF-1Sスーパーバルキリーの乱射する板野ミサイルが脳内再生されてしまう人もいるのではないだろうか。
 マクロスはミンメイの歌う「愛は流れる」をバックにボトルザーの旗艦に突入し(戦争の虚しさを歌い上げる曲をバックにしてアニメ史上最高の物量戦が行われる)、ゼントラーディの全部隊を退けることに辛くも成功した。戦場からやむを得ず離脱して地上に降り立った輝と、アラスカ基地で唯一の生存者となった未沙の前に、ようやく長い長い“旅”を終えたマクロスが故郷・地球に降臨する。その時に再び、あの「マイ・ビューティフル・プレイス」が流れる。

……
小さなオアシス わが故郷 緑の地球よ
いつかきっと 帰るだろう だからそれまで姿を変えずに
ビューティフル・プレイス イン・マイ・ハート

 だがこの時、地上はもはや「姿を変えずに」どころか、先のボドルザー艦隊の総攻撃で荒れ果てた荒野に変貌しており、「小さなオアシス・緑の地球」は文字通り、一度はその故郷を追われたマクロス艦内の人々の「イン・マイ・ハート」にしか存在しないものとなっていたのだ。

 比較的軽い演出で描かれてはいるものの、『超時空要塞マクロス』の物語で描かれていたマクロスと地球の状況は非常に深刻なものであり、27話に至っては悲劇的な結末を迎えていると言ってもいい。「マイ・ビューティフル・プレイス」は、歌そのものは非常に美しいものであるが、作中での逆説的な使われ方を通じて、物語の舞台となった世界の行く末の本来の悲劇性を、『マクロス』の中核的モチーフたる「歌」の要素に、間接的ながら最も強く反映させているのではないだろうか。

……
母の腕の中 思い出す豊かな大地よ
いつかきっと帰るだろう だからそれまで優しさ満たして
ビューティフル・プレイス イン・マイ・ハート