ヤンキー化
朝日の朝刊。精神科医の斎藤環さんインタビュー。「自民党は右傾化しているというよりヤンキー化」「ヤンキーは『いま、ここ』を重視。長期的思考は苦手。」だから100年単位で考えなきゃならない原発に関しては「どうにかなるべ」で後回し… togetter.com/li/429490
— 宙也さん (@chuya_aquarius) 12月 27, 2012
斎藤環さんの「ヤンキー化」という表現は面白い。言葉尻で理解を損ねている向きもあるようだけど、「脱文脈化」とか「動物化」と表現するより一般的にはイメージしやすい言い回しだと思う。
同時に、通じない向きにはとことん通じない話でもあるんだろう。歴史的または理念的「文脈」を全般的な理解の土台にするという思考法をそもそも知らない人は、体系的な知見と断片的な個別トピックの集積の区別がつかないだろう。区別がつかないのなら、断片の力で一点突破することの危うさに気付くこともなく、その力がただひたすらに「実効性のあるもの」として賞賛される。
でも頭数の大小だけで言えば、そもそも「文脈に照らし合わせながら体系的に理解すること」という知的所作(ガクモン的なことだけでなく全般的に)を知らない人のほうが、圧倒的に多数派なんだろうなとも思う。俺自身、そういうことを本当に理解しているのかどうかとなると、著しく怪しい。
もともと「科学」は「人間の素朴な認識の欠点」を補完するために進歩したのだから,科学の知見が素朴な認識と対立するのは当たり前と言えば当たり前である。
— 渡邊芳之さん (@ynabe39) 12月 28, 2012
人間はもともと科学的でも合理的でもなくて、学習でその作法を身につけるんですよ “@ynabe39: もともと「科学」は「人間の素朴な認識の欠点」を補完するために進歩したのだから,科学の知見が素朴な認識と対立するのは当たり前と言えば当たり前である。”
— 菊池誠さん (@kikumaco) 12月 28, 2012