“専門家”の需要

 昔は弁護士等と並んで、仕事に困ることが決してない種類の“士業”として認識されていた公認会計士ですが、最近では企業の経費節減に由来する監査報酬の全体的な低減傾向などを受けて、公認会計士試験合格者の第一の受け皿だった大手監査法人が採用数を絞るようになり、合格者の就職難という事態が起きているようです。
 この解消策として、政府は去年あたりから一般企業の経理部門等に合格者の新たな受け皿を広げる目的で、公認会計士の下位区分に当たる「財務会計士(企業財務会計士)」制度の新設を図っていましたが、結果的にこの案は今年の4月に立ち消えとなりました。

「企業財務会計士」は幻に、振り出しに戻った就職難問題 (IFRSフォーラム 2011/4/27)
さらば「企業財務会計士」 ─ 変りばえのしない「公認会計士試験合格者」日記 2011年4月16日

 この話題に関連して、立場上「財務会計士」成立を支持してきた日本公認会計士協会の公式サイトで先日、企業が自社の従業員として会計専門家を雇用することに関するアンケート調査の結果が公表されました。

日本公認会計士協会 「組織(企業)内会計士に関するアンケート最終報報告書」の公表について(2011年8月12日)

日本公認会計士協会が、上場企業593社からアンケートを取った「組織(企業)内会計士に関するアンケート最終報報告書」を公表しました。

 ……
「社内に会計専門家が必要か?」、という質問に対し、
回答は、
 ・外部専門家を利用するので不要: 59%
 ・社内に必要: 23%
 ・必要性は特に感じない: 9%
 ・社内の人材育成で十分なため不要: 3%
という結果です。

つまり、8割の方は、会計専門家は不要、と答えています。

そもそも、”普通の会社”にとって経理は定型業務。

経理部の頭を、特に悩ませるのは、
 ・会計基準の改正のうち、自社にあてはまる時や、
 ・たまに発生するイレギュラーな取引が起きた時に、
監査法人に相談すれば十分対応できる、というのが現実ではないでしょうか。

森 滋昭「【社内に会計専門家が必要か?】 なぜ企業内会計士は増えない?」─ All About ProFile 2011年8月17日

 先のアンケート結果を見ると、他にも求人側(企業)と求職側の意識のギャップがいろいろ出てきています。
 実際のところ、企業における会計実務は、公認会計士が持たなければならない企業会計全般の知識などは必要とされておらず、通常はその企業内部の経理慣行や、せいぜい自社の該当する業種ごとの一般的な会計基準についてある程度知っていればそれで事足ります。もっぱら地域に密着したサービス業に携わる企業の経理担当者は、NPO会計基準や工業簿記の原価計算やプラントエンジニアリング業の経理慣行についての知識を持つ必要などないわけです。どちらかと言えば、業務内容を会計処理に適切に落とし込むために、自社の業務内容を実務レベルできちんと把握していることのほうがより強く要請されます。たいていの企業にとっては、自社の営業・業務内容についてはあまり知らないけれど自社の業務に関係の無い範囲まで広く会計の知識を有している会計専門家を常時雇用する必要はなく、むしろ業務上必要な会計知識を必要な分だけ持っている自社業務の専門家(営業・業務の実務経験者)こそが重用されるわけです。
 上記のアンケート結果報告にも、このような一節があります。

 ……監査法人所属で転職を意識している公認会計士から見た場合、希望する業務・配属部署は、IFRS導入や内部統制の構築、決算・開示業務など監査法人での経験が直接活用できる業務、配属部署を希望する割合は高いものの、例えば税務業務、資金・財務管理、また企画・IRなど様々な業務と配属部署を期待しており、上場企業等で様々な経験を積みたいという意識のほうが優位にあることがうかがえる。
 これらに対し、上場企業CFOが組織内会計士に期待する業務分野は財務会計分野に集中し(特にIFRS導入における期待は著しく大きい。)、管理会計分野での期待は小さい。

(「組織(企業)内会計士に関するアンケート最終報告書」p.14)

 専門家に対しては、制度会計(財務会計)における専門家としてのスペシャリストの能力を期待はされるものの、経営戦略のコアな部分をより直接的に反映する管理会計については、むしろ自社の業務を実務として“肌で”知っている人が携わる方が望ましい、という判断ではないかと思います。