紳士協定

 遅ればせながら、pixivとカオスラウンジを巡る騒動についての話題をちょっと追っかけていた。
 この件では著作権と二次創作の関係が主要な視点としてよくクローズアップされているように見受けられるけど、実際のところこれは重要ではあってもあくまで背景的な要因であって、揉め事の主軸とはちょっと違うのではないかと思う。

 同人活動としての二次創作が著作権法上のグレーゾーンであるとは、以前からよく言われることだ。これは明確にブラックなのではなく(相手が訴えない限り著作権法上の違法性の構成要件は満たさない)、さりとてホワイトとも言い難い(前述の裏を返せば違法性が相手の胸先三寸によって決まる)という事情を指している。そのようなグレーゾーンとしての二次創作の“場”が潰されることなく維持され続けている状態は、その“場”への参加者同士の間で、さらには明言こそされないものの二次創作活動を黙認する著作権者著作隣接権者を含む)をも含めた関係者の間で、自然発生的な秩序として暗黙の間に維持されている、一種の“紳士協定”によって担保されている。
 例えば、ニコニコ動画上で仮面ライダーやスーパー戦隊といった東映の特撮ヒーローの素材を利用したMAD動画がどのように扱われているかが、面白い例として挙げられるだろう。著作権者である東映は、公的にはこの件について何もアナウンスしていない。公式に何かを表明するなら、立場上「自社の著作権を侵害する表現は認められない」以外のことなど言いようがないだろう。ただし実際には、東映は一概に全ての本編映像・音声利用を禁止して、その種の“素材”を利用した動画全てについてニコニコ動画の運営に削除要請をするという行動を取っているわけではない。どうしているかというと、東映からは「動く本編映像」を使用している動画についてだけ削除要請が行われ、それ以外の静止画や音声のみの利用についてはほぼ手つかずにしているケースが多い。もちろん、そのような方針を東映が“公式見解”として発表しているわけではない。あくまでも「著作物の利用禁止」という原則は維持しつつも、実際の行動において「ある種の動画については削除要請を行うが、他のある種の動画については特にアクションを起こさない」という形で、いわば暗黙のうちに大まかなガイドラインを指し示しているのだ。動画投稿者もそのあたりを心得ていて、長く残しておきたい動画については「動く本編映像」を使用しない工夫が施され、「動く本編映像」を投稿する場合には削除されても何の文句も言わないというのが、一つの流儀や“所作”として定着している。
 このように公的なアナウンスこそないものの、著作権者の事実上の黙認(その範囲は著作権者によって異なってくるが)と、その黙認範囲を“読む”素材利用者側の配慮によって、“場”の継続性が維持されている状態が、コミケから動画サイトまで貫く二次創作の取り扱いにおける“紳士協定”になっている。このようなグレーゾーンの紳士協定を煮え切らないとかいい加減だとかムラ社会的だとか思う人もいるかもしれないが、私はむしろ、法によって明確に禁止等が定められないところについては原則として国民自身の自由意志に基づく交渉によって社会秩序が構成されるというあり方に、この種の紳士協定を比定しても構わないのではないかと考えている。

 従って、今回の騒動は著作権云々のレイヤーの話ではなく、むしろその上に立った紳士協定のレイヤーの問題として捉えた方がいいだろう。そして紳士協定というのはたいがいの場合、互酬性の原理に基づく相互信頼によって成立するものであって、その互酬性原理を無視して「私は君の作品を自由に使用できるが、君は私の作品を自由に使用することはできない」などと言い出せば、紳士協定のレイヤーなど成立する余地がなくなってしまうのだ。そのような“権利”の表明を行う者は、既存の紳士協定によって成立していた“場”の成果を見て、それが明確な法に基づいていない紳士協定の産物であるが故に何をしても「自由」だと思って外から“刈り込み”に来た、ただのフリーライダーだと思われても仕方ないだろう。