“未来派”の十年

 私は日本の社会はどこかがおかしい、と感じている。女の子たちは、楽しいのは若い時だけ、と妙に明るくはしゃいでいる。若者たちが将来に向けて、大人になることに希望を持っていない。若者だけでなく社会全体が、大人になっていつかは死ぬという現実、日本や世界が抱えている矛盾から逃避している。
 みんなが一斉に気休めの楽しさや刺激を求めるので、エンターテインメントが文化の主流になっている。人生の目的は、異性にモテることであったり、昇進することであったり、お金持ちになることであったりする。
 みんな忙しくてよく働いてはいるが、職場では上司が威張り、部下は上司にペコペコして気を使う。常に周囲の目を気にして行動している。友達と会う時間もない。友達といっても、希薄な関係が多い。独身と離婚が増え、若者はキレやすくなる。「有能でお金持ちの男」と「美人」に人々は群がり、お金も能力も美もない老いた人間は相手にされない。そんな老人が病気になると世話をするのも苦痛になる。
 若者は、大人になりたくない、老いたくない、社会に出ても個性を殺して働き蜂になるだけだ、と言うし、中高年は、会社でいつ首を切られるかわからない、と言うのだ。
 イラン人たちは、日本人は人生を楽しんでいない、威張ったりペコペコしたり、虐めたり、怯えたり、どうしてもっと大らかにならないんだい、と怒る。まったく私も同感だ。
(略)
 星野さんの最近の日記にも、あまりに忙しくて自分の読書の時間もなく健康を崩すほどだ、忙殺されているから日本の小説は質が低下していくのだ、そのうち忙しさで回りが流れ去って自我だけが残っていき、自我ばかりを主張することとなる、という意味のことが書いてあった。
(略)
 大人がなかなか正直になれないのはこうしたシステムを基盤にして生活しているためだろうが、若者たちは大人の世界はどこか変だ、と感じている。だから、自由なのは学生時代だけ、楽しいのは若い時だけ、という感じを持っているのだと思う。
 しかしいったん社会のシステムに組み込まれると、やがて純粋さを失って諦めてしまう。逆に、個性を出そうとする人間を見ると、煙たく感じるようになる。自分が抑圧するものだからだ。
 こうした悪循環があるのだ。
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「ネットワーク型組織/歪んだ社会システムを改善するには」 ─ 松直伽の日記と備忘録 2002年5月16日

 この記事から十年弱の間に、主にIT分野を中心にして若い世代からの異議申し立てがかなり大きな声となり、また地方自治の世界でも世代交替が部分的にではあれ着実に進んでいるような流れがありましたが、そうした流れはしばしば若さゆえの勢いや今現在の若い自分の価値観・身体感覚に全面的に依拠した、歴史の経験的積み重ねを捨象したところに成り立つ“革命”志向でもありました。時間の流れが積み重なるものではなく、流れ去ってそのまま二度と残らないものとして認識されているような、どこかマリネッティの「未来派宣言」を思わせる暴力性が、この十年の“革命”を主導していたように思います。

3.文学は今日まで沈思黙考、恍惚感、眠りを賞揚してきた。われわれは攻撃的な運動、熱を帯びた不眠、かけ足、宙返り、びんた、げんこつを賞揚したい。

4.世界の偉大さは、ある新しい美によって豊かになったとわれわれは断言しよう。それは速度の美である。爆風のような息を吐く蛇に似た太いパイプで飾られたボンネットのあるレーシングカー……散弾のうえを走っているように、うなりをあげる自動車は、《サモトラケのニケ》よりも美しい。
(略)
7.闘争のなかにしか、もはや美はない。攻撃的な性格をもたない作品に傑作はありえない。詩は、未知の力を人間の前に屈伏させるための、未知の力に対する荒々しい攻撃として把握されねばならない。

8.われわれは幾世紀もの過去の崖っぶちに立っている!……もしわれわれが不可能の神秘の扉を突き破ろうとするなら、なぜ後ろをふりかえるのか? 時間と空間はきのう死んだ。われわれはすでに、いたるところに存在する永遠の速度を創造したのだから、絶対のなかにもう生きているのだ。
(略)

だからこそ来てほしいのだ、指を黒焦げにした陽気な放火犯たちに! ほら彼らだ! 彼らが来た! さあ! 図書館の本棚に火をつけてくれ! ……美術館を水浸しにするために運河の流れをそらしてくれ! ……おお、栄えある古い布が色褪せてずたずたになり、水面に浮いているのを見るのはなんと愉快なことか! ……つるはしと斧とハンマーを握り、こわしてくれ、あがめられてきた街を容赦なくこわしてくれ!

われわれのなかで最年長が30歳であるから〔フイガロ版では、「最年長の者でも30にもなっていない」。以下に繰り返される箇所も同様〕、われわれの事業を遂行するため、われわれには少なくとも10年残されている。われわれが40歳になったとき、われわれよりも若くて元気な人たちが、われわれをいらなくなった下書きのように屑篭に捨ててくれればよい。われわれもそれを望んでいるのだ!
(略)
われわれの最年長が30歳である。とはいえ、すでにわれわれは宝を浪費した。力と、愛と、勇気と、狡智と、粗野な意思の千の宝を、せっかちに急いで数えもせず、またためらいもせず、休まずに息をきらしてわれわれはばらまいた! ……われわれを見てくれ! われわれはまだ消耗してはいない! われわれの目は、火と憎しみと速度を糧としているから、疲れなどまったく感じないのだ! ……諸君は驚いているのか? それももっともである。諸君は自分が生きてきたことさえおぼえていないのだから! 世界の頂点に立って、われわれはもう一度、星に対するわれわれの挑戦をぶつけよう!

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未来派創立宣言