牛車

……馬は飼うのが、難しい動物で、日本では、牛が人や物を運ぶ車を曳いていたんですね。牛ならその辺に放して置いても、勝手に草を食べてくれます。馬はそうはいきません。食べ物も、草さえ食べさせて置けばよいと言うものでもありません。黍や燕麦なども混ぜて与えなければ、なりません。しょっちゅう馬の身体を洗ってやり、ブラシもかけてやならなくちゃなりません。軍馬であれば、専属の飼育係が、世話をして、調教をつけねばなりません。つまり仕事における馬の役割は、人を乗せて早く走ることです。それも長い距離を。一方、牛は速さを求められると言うことはありません。ゆっくりでも、重い荷物を運ぶことが求められます。荷車であり、牛車であり、農具であり、何かを曳くことが牛の仕事です。大体、江戸時代の末期まで、街中の移動手段は、人の場合、籠です。例の駕篭かきが二人、担ぎ棒の先と後で、肩に担いで人の乗った籠を運ぶ、あれです。街中で馬に乗っているのは、比較的高級な役人です。牛が車を曳くのは、日本に限ったことではありません。東アジア、東南アジア、インドでは、至極普通の風景です。……

熊谷月男のなんだかんだPART2 2006年4月9日

 吉村昭『零式戦闘機』(新潮文庫)で、三菱重工の工場で製造された零戦が、分解された状態で各務原飛行場まで牛車で運搬されていたというエピソードが紹介されていたのを思い出します(馬だと運搬中に破損する恐れがあるため)。牛車の速度で近代の総力戦を戦い抜こうとした当時の日本の国情を象徴する話です。